教室に思いを馳せて

元中学校英語教師のブログです。

通知表の所見について思うこと

先日,Yahoo!ニュースに「先生も通知表に『うんざり』」という記事が出ていました。

 

終業式の日に受け取る通知表,子どもたちは自分たちの成績がどんなものかドキドキしながら見ますよね。

 

誰にも見られないように,そーっと少しだけ通知表を開いてわずかな隙間から成績を確認したり。

 

教室の隅っこに通知表を持って行って中身を見たり。

 

友だちと見せ合いっこしたり。

 

あ,わざわざ掃除棚に入って見ている子もいたな。(なぜそこまでする!?)

 

通知表を受け取るのも,子どもたちにとっては長い休みに入る前のちょっとしたイベントだったりします。

 

子どもにとっては,通知表で一番大切なのは成績でしょうが,先生にとっては所見を書くのが一番大切な仕事です。

 

クラスに40人いたら40人分の所見を書くのって,とても大変。

 

体育祭や文化祭,生徒会活動などで活躍した子はスラスラと筆が進むけど,そうでない子は何て書こうかと悩んでしまいます。

 

しかも1学期と同じ内容を書くわけにもいかない。

 

私が初任の頃は,今ほどインターネットで何でも調べられる時代ではなかったので,「通知表・要録マニュアル」みたいな本を参考にして所見を書いていました。

 

このYahoo!ニュースでは,インターネットの所見の例文をそのままコピペする先生もいるらしいと書いてありましたが,そのままではないにしても似たような内容になってしまうのも分かります。

 

特に終業式直前になって所見を書こうとすると,何も思いつかない生徒の所見を書くのに困ってしまい,そういう例文に頼りがちです。

 

そこで,私は終業式の一ヶ月前から通知表の所見に取り掛かっていました。

 

これもベテランの先生から教えてもらった方法ですが,とりあえず終業式の一ヶ月前にクラス全員分の所見を書いてみて,書く内容が乏しい生徒たちを一ヶ月間観察します。

 

一ヶ月あると,何かしら生徒の頑張ったことや良かったこと(小さなことでも)を見つけられます。

 

それでも見つけられない場合は,他の先生方に聞いてみると授業中や部活動の様子を教えてもらえるので,なんとかクラス全員が違う内容の所見がそろいます。

 

私は所見をエクセルで下書きし,そのデータを見ながら通知表には手書きで所見を書いていました。

 

別にエクセルで書いたものをそのまま印刷し,通知表に貼りつけても問題はないのですが,やはり手書きの方が気持ちが伝わる気がして(その分時間がかかりましたが)。

 

3学期には所見を記入した後,全員分の通知表をコピーしておき,それを見ながら要録に所見を記入していました。(コピーは記入が終わったらシュレッダーにかけます。)

 

***

f:id:takeanote:20181225202901j:plain

***

通知表の所見,私はご覧のとおりボキャブラリーが乏しいので,どうしても文言が似通ってしまっていました。

 

例えば,

「~に励んでいました。」

「~をしている姿が印象的でした。」

「~に懸命に取り組んでいました。」

「~してくれると期待しています。」

「立派に~することができました。」

「級友たちからの信頼も厚いです。」

「クラスの良いムードメーカーになってくれています。」

「授業中の態度もよく・・・」

「成績も徐々に伸びてきているようです。」

「その成果が表れています。」

など,よく使っていました。

 

基本的に通知表の所見には,生徒の良いところしか書きません。

 

一度,素行のよろしくない生徒の所見をそのまま書いたら,保護者の方から苦情のお電話をいただきまして。

 

「通知表って,一生残るものなのに・・・!」と言われて,あぁそうだよなあと気づかされて,それ以降はできるだけ生徒の良いところを見つけて丁寧に書こうと思ったのでした。

 

私も自分の子どもが小学生になったら,通知表で気になるのは成績よりも所見で担任の先生が何を書いているか,だと思います。