教室に思いを馳せて

元中学校英語教師のブログです。

今でも捨てずにとってある,一枚の学級通信

「私ね,担任の先生の学級通信を毎週読むのが,本当に楽しみなんです。

 

金曜に娘が学校から帰ってきたら,『早く学級通信出して!』って急かすんですよ。

 

 もちろん今年の学級通信は,4月からずっとファイルにとじてあります。」

 

 

新任で部活の顧問をしていた時,3年生の保護者の方がこう話してくださいました。

 

「担任の先生」とは私のことではなく,50代のベテランの女性の先生のことです。

 

保護者の方によると,「とにかく,学級の様子が手に取るように分かって面白い」のだそうです。

 

学級通信と言えば,今週の活動の様子や来週の時間割と当番表を書いて毎週末発行するもの,と新任の私は認識していました。

 

学級通信を毎回書くのは億劫だ,という話も聞いていましたが(私が副担をしていた担任の先生は,一回しか発行しなかったし)どうやらその先生の学級通信は違うようなのです。

 

学級通信というものを書いたことがなかった私も,それならちょっと読んでみたいなぁとは思ったものの,しばらくたつとそんなことはすっかり忘れていました。

 

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↑ 少しずつ紅葉が始まりましたね。


 

その話を聞いて2か月くらいたった頃でしょうか。

 

その先生の道徳の授業を,私ともう一人の新任の先生二人で見学させてもらえることになりました。

 

たしか,副読本の「奈良筆に生きる」という題材だったと思います。

 

その先生の授業は本当に見事で,よくある「指導例」とは全く違った先生独自の切り口で生徒に発問し,彼らも生き生きと自分たちの意見を述べるのです。

 

その様子を見ていて,一人一人の生徒がとても大切にされているクラスだなぁと感じました。

 

「奈良筆に生きる」という題材から,自分のことや学級のことを改めて考えさせるという内容の授業でした。

 

私たち新任二人は,思わず前のめりになってその授業を見ていたと思います。

 

(その後,私も学級を担任して何度も道徳の授業を行いましたが,あの先生の足元にも及びませんでした。)

 

そして,翌週の月曜日。

 

私たちの机の上に一枚のプリントが置いてありました。

 

それは,その先生の学級通信でした。

 

そう,部活の保護者の方が「毎週楽しみにしている」というあの学級通信です。

 

「あっ!」と思って急いで目を通しました。

 

 

その学級通信は,思っていたよりもとてもシンプルなものでした。

 

B4用紙の左半分を学級の様子(エッセイのような感じ),右半分は生徒の日記をコピーしたものや道徳の授業の感想,来週の時間割やお知らせが書かれていました。

 

そして,その左半分には私たちが道徳の授業を見学にきたこと,それからご自分の新任の頃の話がとても簡潔に,でもとても分かりやすく書いてあったのです。

 

それは,私たち二人への応援メッセージでもありました。

 

初めて教員になって,苦しい日々を送っていた私たち。

 

とても,とても嬉しかったです。

 

教員を退職するときに沢山の資料を処分しましたが,今でもその学級通信は捨てずにとってあります。

 

学級担任をしていたころは,毎週末に学級通信を発行していましたが,その先生のように学級の様子をうまく捉えて簡潔に書くということはできませんでした。

 

でも,「あ,これは学級通信のネタになるな。」といつもアンテナを張っていたのは,あの新任の頃に頂いた一枚の学級通信のおかげだと思います。

 

毎週木曜日になると,「わわ!また学級通信を書かなきゃ!」と焦っていたけど。

 

通り一遍のことだけではなく,ちゃんと学級のことや私の思いなんかを書くと,生徒も保護者も読んでくれていたのではないかなぁと思います。