教室に思いを馳せて

元中学校英語教師のブログです。

二つの歯医者さんに通って感じたこと

先日,私の行きつけの歯医者さんを変えました。

 

今まで通っていたところは,ママ友に教えてもらった、新しくできたばかりの歯医者さんでした。

 

内装はオシャレなインテリアで飾りつけてあって、全個室にはテレビが壁にかけられていて設備も最新。

 

個室の中では、カフェのような、これまたオシャレなBGMが流れています。

 

受付のお姉さんたち歯科助手お姉さんたちも,メイクはバッチリで綺麗な方ばかり。

 

託児室ではDVD も見られるし、保育士の免許を持った受付のおねえさんが子どもの面倒を見てくれます。

 

治療が始まる前にはテレビの画面に私の歯の画像を映し出し、丁寧にこれからの流れを説明。

 

託児室があることも決め手となり,1年近くこの歯医者さんに通っていました。

 

でも思うところがあって,そこに通うのをやめたのです。

 

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そのきっかけは、本当になんてないこと。

 

通路の向かい側で,若い男の先生と歯科助手の女性が前日の飲み会の話をしていたのです。

 

奥のスタッフルームで休憩時間に話せばいいのに。仕事の合間に私たち患者にも聞こえる声で,そんな話をしなくてもいいのになぁ。

 

それでも「まぁ,若いんだからそんな話もするだろう。」とも思ったのですが。

 

なぜだか。

 

お2人のキャッキャした声に、私の中でなにかがスーッと冷めていったのです。

 

すると,今まで気にしていなかった小さなことが次第に気になりだしてきました。

 

うがい用のコップ置き場周辺の掃除が,あまり行き届いていないこと。

 

先生や歯科助手さんが、ゴム手袋をしたままドアを開け閉めしたり,ボールペンで書き物をしたあとにそのまま歯の治療をスタートすること。

 

他の患者さんと同時進行で治療をするため,何度も歯科助手さんと先生が部屋を出入りして集中できないこと。

 

 きっと、他の歯医者さんでもよくある本当に些細なことだと思います。

 

でも,そういうことに目がいくように…つまり何となくアラを探すようになってしまいました。

 

そして「やっぱり別の歯医者さんにしよう。」と決心したのが,娘の定期検診を初めてここの歯医者さんにお願いしたとき。

 

いつもは、家から歩いて行ける歯医者さんに娘の定期検診をお願いしています。

 

でも、子ども用のおもちゃやDVDなどが充実している私の行きつけの歯医者さんのほうが娘も楽しいかも、と思って一度ためしに診てもらったのです。

 

かわいい子ども用の個室で娘も喜んでいましたが,先生が歯をチェックしたあとに歯科助手さんがちゃちゃっと歯ブラシでフッ素を塗って検診はあっさり終了。

 

他の歯医者さんでも,やっぱりそういうものかもしれません。

 

でも私は、あれ?家の近くの歯医者さんと全然違うぞ・・・と思ったのです。

 

***

 

娘にお願いしていたのは,いかにも「昔からある町の歯医者さん」という感じ。

 

スタッフは先生と二人の歯科助手さんだけ。

 

その歯科助手さんたちが受付もされていますが,最初の予約の電話を入れたときに「ちょっと,愛想がないなぁ。」という印象でした。

 

だけど,娘の定期検診のときはとても丁寧に診てくれるのです。

 

まず「自分で歯を磨いてみようね。」と言って子どもに歯ブラシを持たせ,自分で歯を磨かせます。

 

そのあとは歯を赤く染める染色液で,磨き残しをチェック。

 

赤くなっているところを中心に,今度は私が子どもの歯をブラッシング。

 

次に,歯科助手さんがブラッシング→フロスを通す→先生がチェック&説明→歯科助手さんがフッ素を塗る。

 

やや時間もかかるので,子どももじっとできず少々大変ですが,しっかり診てくださるので親としてはこちらが安心です。

 

そして、先日はじめて私もその歯医者さんに定期検診に行きました。

 

自分がやってもらって改めて気が付いたことは,歯科助手さんの手際が鮮やかで無駄な動きがないということ。そして、何より丁寧なのです。

 

私以外の患者さんはおらず,先生と歯科助手さんが連携して(これが阿吽の呼吸というか,ほとんど会話なし)歯のクリーニングをしてくださいました。

 

先生も歯科助手の方も、ゴム手袋をしていないことが意外でした。私,ゴム手袋が苦手だったので…。

 

内装は極めてシンプルで、設備もずっと前から使われていそうなもの。

 

必要最低限のものしか置いていない(おそらく)から,掃除も行き届いていて。

 

クリスマスシーズンですが,クリスマスツリーなどの飾りは一切なく。

 

家庭にあるようなミニコンポからは、アメイジンググレイスが静かに流れていました。

 

 

 

治療が終わって私が帰るときも,「これで治療は終わりです。お大事に。」と 歯科助手さんは事務的な言い方で,ちょっとさびしかったけど。

 

それでも私は、また次もここに来よう!と思いました。

 

なぜって、こちらの方が信頼できそうだと感じたから。

 

そして,なんか,この人たちかっこいいなと思ったのです。(愛想はもうちょっとほしいけど…)

 

華美な装飾や最新の設備よりも高い技術力と清潔感,それに丁寧であることにプロ意識が見えた気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がブログを書こうと思ったのには

前回で60記事となりました。

 

学級通信も毎週末にしか発行していなかったので,たまに週2回出したとしても40号にも満たなかったと思います。

 

ですから,この私が60もよく書くことがあったなぁ。とちょっと驚きです。

 

私はこれまで,ほとんど「ブログ」というものをあまり読んだことがありませんでした。

 

そんな私が,なぜブログを書いてみようかと思い立ったのかというと。

 

子育てで疲れているはずなのに,なかなか寝付けない日が続いた時がありました。

 

そんなとき,学校で「先生」をしていた時のことをどうしても思い出してしまうのです。

 

家事をしている時もそう。

 

ほんとうに何気ない,ふとしたときに,学校での出来事や他の先生から教わったことなどがフラッシュバックするのです。

 

退職して何年か経過しているのに。もう未練はないと思っているのに。

 

まるでついこの間起こったかのように,ありありとその場面が思い出されます。

 

それって,ちょっと苦しいことでもあったりして。

 

今年の夏に図書館でたまたま借りた本が,あるブロガーさんの著書だったことがきっかけで,「あ,ブログというのを書いてみようかな。」と思いついたのです。

 

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学校でのことをブログに書いてみると,様々なことが思い出されます。

 

だけど,文章にしてみることで昇華されるというか,それまで何度もフラッシュバックしていた思い出(それは決して楽しかったことばかりではない)も少なくなってきました。

 

書くことでまた新たに思い出されることもありますが,それもまた記事にすればいいかなと。

 

そんなふうに続けていると,60記事を超えました。

 

今では,「他にブログを書く人はどんな感じなんだろう。」と気になったりもして。

 

世の中にはブロガーさんというのは沢山いて、中でもトップブロガーと呼ばれる人たちはほぼ毎日か1日に2つ、3つも記事を書いているということも初めて知りました。

 

毎日書くネタを探すのって,とっっつても大変なことだと思います。

 

しかもそれを何年も続けていらっしゃる。


これは並大抵のことではありません。

 

娘が寝た後に,のろのろ記事を書いている私とは大違い!!

 

そしてブログがきっかけで,本を何冊か出版されている方も。(私が夏に借りた本もそうでしたが。)

 

まさに,「継続は力なり」ですね。

 

私はこのままいくつ記事が書けるかしら。

 

とりあえず,まだ書きたいことがあるから,もう少しだけ続けられそうですが。

受験生に送る言葉 〜ど力のつぼ〜

明日からはもう12月です。

受験生の母親でもある妹が,来週は三者相談があると言っていました。

親も大変ですが,担任も大変。

3年生の担任をしていたとき,このくらいの時期からいつも胃がキリキリしていました。

精神的なものから,よくお腹も壊していました。

これからが担任の先生も生徒も保護者も,正念場だと思います。

 

さて,昔の資料を整理していたら,10年以上前に参加した研修の資料が出てきました。

大学の公開講座に参加したときの資料で,「やる気の心理学」という内容の講座でした。

 

その資料の中に,私はたくさんのメモ書きをしていました。

眠気を紛らすために,私はいつも資料にメモ(話に関係のないイラストも。)をするのですが,その中にこんなことを書いていました。

 

うまくいかなかった理由を能力のせいにしない。努力不足(→本人の意思次第でコントロールすることができる。)だと思わせる。

 

なるほど・・・

 

「努力」という言葉は,日本人が好きな言葉だそうです。

私も好きですし,生徒たちにもよく語っていたと思います。

そして3年生のこの時期に,私が必ず道徳の授業で使っていた資料が「ど力(どりょく)のつぼ」という小学生の作文です。

 

15年前にTOSSランド(多分)でこの作文を見つけて以来,何度も道徳の授業で使わせてもらいました。

「今でも載っているのかな?」と思って検索したら,すぐに出てきました。

 

小学1年生(2年生?)の作文ですが,もうこの作文を書いた子は成人していると思われます。

自分が書いた作文がたくさんの学校で読まれているなんて,ご本人はどう思っていらっしゃるのだろう・・・。(実名も出ているし・・・。)

 

でも,この作文に救われる生徒は多いことでしょう。

そのくらい素晴らしい内容です。

 

「人がなにかをはじめようとか,いままでできなかったことをやろうと思ったとき,かみさまから『ど力のつぼ』をもらいます。

そのつぼには,いろいろな大きさがあって,人によって,ときに大きいのやら,小さいのやらいろいろあります。

そしてそのつぼは,その人には見えないのです。

でも,その人がつぼの中に,いっしょうけんめい『ど力』を入れていくと,それがすこしずつたまって,いつか『ど力』があふれるとき,つぼの大きさがわかる,というのです。

だからやすまずにつぼの中に『ど力』を入れていけば,いつか,かならずできるときがくるのです。」

 

こんなお話しを子どもにしてくれるお母さんって,なんて素敵なのでしょう。

原文はもう少し長いのですが,この「ど力のつぼ」のお話を何度もお母さんにしてもらって,この子は一輪車や鉄棒,跳び箱などを頑張るのです。

 

この作文を読んだ直後から,生徒が目の色を変えて勉強をする・・・というわけではありません。(それよりも「こ,これが小学1年生の作文か・・・!?」と驚く。)

でも,暗くて長いトンネルの中に少し光が見えるような,わずかでも心の励ましになると信じて このお話を3年生に読んで聞かせていました。

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ちなみに,公開講座の資料のメモ書きに気になるものがもう一つ。

 

教師が期待している子と期待していない子の授業中の差。

期待している子には質問の答えに待つけど,期待していない子には待たない。

無意識にうなずきの回数も違ったりする。

どの子にも期待している子,と同じように意識して関わらなければいけない。

 

現役の私は,同じように生徒と関わることが,できていただろうか。。。

 

「めざせ残食ゼロ」で楽しめなかった給食の時間

私が給食の時間を楽しむことができたのは,自分が小学生の時くらいだったように思います。

 

中学生の時は,給食の班に仲の良い友達がいないと黙々と食べなければならないし,

本当はおかわりがしたかったのに恥ずかしくてできなかったからです。

 

 

教員になってからも,給食の時間は本当に嫌な時間でした。

 

学級担任をしている時は,生徒たちに給食をたくさん食べさせようと必死だったから。

 

というか,「残食」をいかに減らすかが大事でした。

 

私が勤めていた学校では,保健委員が定期的に行う「残食調査」なるものが存在しました。

 

給食の時間が終わると,保健委員は給食室でどのくらい給食が残っているか,食缶の重さを量って調べるのです。

 

それが1~2週間行われ,最終的に残食が少なかったクラスのランキングとその量がどれ程のものだったのかが出されます。

 

ランキングは,職員朝会で保健の先生から発表されました。

 

ランキングが上位(つまり残食が少ない)クラスは,「さすが,あの先生のクラスは違うね~。」という声が聞こえてきます。

 

下位のクラスだとその残食の量に驚かれ,「これはちょっと・・・。」というような空気が感じられました。

 

 

このランキングの下位にならないように,私はいつも必死だったのです。

 

給食当番が配膳し終わったあと,食缶にまだご飯やスープなどが残っていたら私が生徒の食器に注いでまわりました。

 

よく食べる男子生徒は喜んで食器を差し出しますが,食べない生徒は手を食器にかぶせて防御します。

 

「先生,それは強制ですか?」と聞いてくる生徒もいました。

 

給食当番の準備に時間がかからないよう急かしたり,残食がないように食べさせようとしたり。

 

「感謝の気持ちを持ちなさい。」とか,「世界にはこんなに食べ物に困っている子供たちがいる。」とかいう道徳の授業もしていました。

 

私がピリピリしてしているので,生徒たちにとっても給食時間は本当につまらなかったと思います。

 

 

そうやって食缶を空にしても,「ごちそうさまでした。」のあとに食べ残す生徒がいるので,結局は同じことでした。

 

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今でも「残食調査」というものはあるのだと思います。

 

育ちざかりの子どもがしっかりと栄養をとることはもちろん大事なことですし,好き嫌いで簡単に食べ物を残すのもいけません。

 

でも,本当に食の細い子はいるのです。

 

量が少なくても,その子にとっては適量なのです。

 

 

最近は尾木ママなどの影響もあって,給食の完食指導についても少し考えが変わってきているのかな。現場ではどうなんだろう。

 

 

「完食キャンペーンは大問題。」

 

現役時代に尾木ママの発言を聞いていたら,私も生徒ももっと楽しく給食時間を過ごすことができていたかもしれません。

夫が英語ができないのは,中学校の先生のせい?

私の夫は年に数回、海外出張で家を留守にします。

 

国内にいても、仕事で外国の方と会うこともあるそうです。

 

先日もアメリカから取引先の方が来日されて,今後のことについて話し合いをしたり観光地を案内したりしたようでした。

 

そんな夫は英語がほとんど話せません。

 

人と話をするのが好きな人なので恥ずかしがったりはせず、身振り手振りとカタコトの英語でコミュニケーションをとっています。

 

でも仕事の場面では,やはり専門的な内容になってくるため、通訳を通して相手の方と会話をしているそうです。

 

特に海外から帰ってきたときは,「やっぱり俺も英語が話せるようになりたい!」と英語を勉強しようとしますが、結局いつも三日坊主に終わります。

 

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彼曰く、「俺が英語ができないのは、中1の頃の英語の先生のせい。」だそうです。

 

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中学一年生の最初のbe動詞でつまずき、分からないので先生に質問したら「なんでこんなのも分かんないの?」と言われたそうなのです。

 

この一言でいっきに先生が嫌いになり、ついでに英語も嫌いになり、勉強をしなくなってしまったのだと彼は言います。

 

2年生ではその先生とは違う方が授業を担当することになり、「あの先生の教え方は分かりやすかった。」とのこと。

 

でも一年間の基礎ができていなかったので、2年生になって英語を勉強する気になってもあまり思ったほど成績も伸びず。

 

自分が英語が話せないのは,いまだに「あの先生のせい」だと信じていて、事あるごとに私にこの話をします。

 

私が現役だった頃もその話を聞いていましたが,「先生のせいにして勉強してこなかった自分が悪いのでは・・・」と思っていました。

 

でも,およそ30年たっても忘れずに恨み節を口にするということは,よっぽど先生の一言がショックだったのです。

 

その先生も,まさか自分が言った何気ない一言(だったのだろうとは思います)が,こんなにも一人の生徒の心に残っているなんて思ってもいないことでしょう。


夫は多分、英語でうまく自分の言いたいことを伝えられないとき、その先生のことを無意識に思い出しているのです。


もし,その先生が私だったら・・・。


そんな形で思い出されるなんて、嫌だ。


 

この話を夫がする時,いつも胸がズキンと痛むのです。

 

私の一言で傷ついた生徒が何人いるのだろう。

 

悔しい思いをした生徒が何人いるのだろう。

 

私は本当に未熟な教師でした。

 

取り返しのつかないことをしてしまったのだと,退職した今,改めて思うのです。

 

 

 

 

姪っ子が部活をやめたこと

先月,妹の子どもが部活をやめました。

 

姪は中学一年生で、4月に吹奏楽部に入部しました。

 

私も学生の頃はずっと吹奏楽部だったので、同じ部を選んだのが嬉しくて、私が使っていた楽器も彼女に貸してあげました。

 

小学校で吹奏楽の経験がある同級生もいて,何もクラブ活動をしていなかった姪はその子たちとの差を気にしていました。

 

それでも楽器が上達するのが嬉しいらしくて,家に楽器を持ち帰っては練習をしていたようでした。

 

それから半年後。

 

妹から「子どもが部活をやめたいと言っている。」という内容のメールがきました。

 

姪が入部した吹奏楽部は、去年はコンクールで県代表になったほどの実力がある部で、顧問の先生もかなり力をいれているそうです。

 

放課後も遅くまで練習があり,家へ帰ってくるのはいつも夜7時以降でした。

 

入部してすぐにコンクール練習が始まり,コンクールに出場しない1年生も当然同じように練習をします。

 

休日は丸一日練習がありました。

 

コンクールが終わったと思ったら次は定期演奏会。その次は文化祭。

 

中学校生活にもまだ慣れていないのに,疲れがたまって朝もなかなか起きられない。

 

そして朝練のために朝ごはんも食べずに早い時間に学校へ行っていました。

 

中学生の本業は学業のはずです。

 

そんな身体で授業に身が入るはずがありません。

 

身も心も余裕がなくなり,耐え切れずに姪は退部届を出しました。

 

 

届けを出してからも,退部するまでに1ヶ月ほどかかりました。

 

担任や顧問の先生が退部を引き留めたからです。

 

先生方は説得を試みましたが,それでも姪の退部したいという思いは強く、今では無事(?)にやめることができました。

 

今は学校から帰ったらゴロゴロしているらしいです。

 

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頑張って練習を続けることができている子もいるのに,続けられなかった姪は根性がなかったのでしょうか。

 

小学生の頃に,クラブ活動をしてこなかったことがいけなかったのでしょうか。

 

部活についていけるだけの体力がなかったのがいけなかったのでしょうか。

 

心の中がモヤモヤしてしまいました。

 

 

部活動に力を入れる先生方のお気持ちはよく分かります。

 

だって私もそうだったから。

 

生徒に力をつけさせてあげたい,もっと良いものを作りたいと思うと練習に力が入ります。

 

定期試験前の部活動停止期間になると,「あぁ,生徒たちの実力を取り戻すのにまた時間がかかる…」なんて思っていました。

 

退部を申し出る生徒がいると,「みんな練習を頑張っているんだよ。」とか

 

「部活動を続けられないと他のことだって何にも続かないよ。」とか

 

「勉強を理由に部活動をやめて,その後成績が劇的に上がったという生徒はいなかった。」

 

みたいな話をして何とか生徒を引き留めようとしていました。

 

思い返してみると,私はもっと部活のあり方を考え直すべきだったのかもしれません。

 

毎年退部を考える1年生がいたのは,何かやり方がまずかったのかもしれないからです。

 

***

 

何かに情熱を注げるというのは,本当に素晴らしいことです。

 

できれば姪っ子には,最後まで部活をやり遂げてほしかった。

 

そして彼女にとって何か大切なことを感じてほしかった。

 

4月にならないと,他の部に入部することはできないそうです。

 

今度は自分に合った部に入部できるといいなぁと伯母は思います。

 

 

 

幼い頃からの英語教育について

「子どもが小さいうちから英語を習わせたほうがいいのかしら?」

 

時々,子どものいる友だちや他教科の先生から聞かれることがあります。

 

この質問には私ははっきり「それは分からない。」と答えます。

 

英語教師(元)なのに,自分なりの答えも出せないのかと思われるかもしれません。

 

でも,私が「分からない」と答えるのには二人の人物が浮かぶからです。

 

そして,「分からない」と答えた後にはこんな話をします。

 

***

一人は,大学サークルの先輩(女性)です。

 

ネイティブ並みの発音とスピードで会話ができ、英語力がずば抜けて高い先輩で,同級生からも一目置かれる存在でした。

 

英文学科に所属されていましたが,一度も海外に行ったことはないし英会話教室なんかにも通ったことがなく、完全に独学でその英語力を手に入れた方でした。

 

ネイティブの先生方とぺらぺらと英語で話す姿はとても格好良くて,みんなの憧れ。

 

彼女がどうやって英語を勉強したのか,誰もが知りたがりました。

 

もちろん私も先輩に尋ねました。

 

「先輩はいつもどんな勉強をしているのですか?」

 

すると,先輩はこう答えたのです。

 

「勉強はあんまりしてないんだけど,高校生の頃に洋楽や洋画にはまって何回も英語を聴いているうちに自然に覚えたんだよ。」

 

その先輩は確かにちょっと映画や音楽に対してマニアックで,私たちが知らない作品も沢山ご存知でした。

 

いつも耳にはイヤホンをつけていて,そこからは洋楽(ロック系)が漏れ聞こえていました。

 

「勉強はあんまりしてない」とはおっしゃっていましたが,洋書を読んだり英語のラジオを聴いたりもされていたと思います。

 

本人は勉強とは思っていなくても,様々な方法で英語を吸収されている方でした。

 

現在は,高校の英語教師をされています。

 

優しくてユーモアもあって,他の人とは少し違う感性を持った先輩は生徒からも人気があることでしょう。

 

対して,もう一人は生徒です。

 

中学1年生の時に授業を担当した彼は,お父さんが日本人でお母さんはフィリピンの方でした。

 

幼少期をフィリピンで過ごしていたので,英語の発音はやはりネイティブのものでした。

 

教科書の本文を音読するときも,みんなが聞きほれてしまうような発音で読んでいました。

 

ただこの生徒,ぜんっぜん勉強しないんですね。

 

1年生の1・2学期までは英語の成績だけは良かったのですが,「自分はフィリピンでは英語を話していたから。」と過信して全く勉強しなかったため,あれよあれよといううちに成績は下がっていきました。

 

コツコツと勉強を続けている生徒に,あっけなく成績は抜かれ。

 

気が付けば英語は得意教科ではなくなり,かと言って他の教科も成績は振るわず。

 

高校入試の時はちょっと大変だったと記憶しています。

 

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↑ 公園の木がとってもきれいでした。

 

だから,私には早期の英語教育が大切なのかはよく分からないのです。

 

早期の英語教育がピッタリ合う子もいれば,そうでない子もいるかもしれない。

 

おそらく,小学校をお受験するお子さんには必要なのでしょう。

 

でもそうでないなら・・・

 

結局は,その子の英語への興味だったり努力が大切なのではないかと思うのです。

 

 

***

 

しかしながら,かく言う私も迷いながら娘にディズニー英語をさせています。

 

このことについてはまた改めて記事を書こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスカードを海外のディズニーランドに送ってみよう

11月18日はミッキーとミニーの誕生日でした。

 

東京ディズニーランドのミッキーの家には長蛇の列ができて,入るのに11時間待ちだったそうですね。

 

夢の国ディズニーランド。

 

私たちの普段の生活や時間を忘れさせてくれる,特別な場所。

 

そんなディズニーランドから,手紙が来たら素敵だと思いませんか?

 

今回は,クリスマスカードを海外のディズニーランドに送った話をしたいと思います。

 

 

クリスマスカードは,1年生や2年生の12月の授業で作りました。(まぁ3年生は,そんなことやってる場合ではないですよね。)

 

 

まず赤と緑の色画用紙を適当な大きさに切ったものを用意し,生徒にどちらの色が良いか選ばせます。

 

色画用紙にただメッセージや絵を書くのもいいのですが,私は上質紙を使って雪の結晶を作らせ,それを貼らせていました。

 

雪の結晶の作り方はこんな感じです。↓↓↓

 

1.まず上質紙を正方形にします。(家には上質紙がなかったので,これは娘の折り紙 

 を拝借したもの。学校ではB4の上質紙を使っていました。)

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2.半分にして三角に折ります。

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 3.三角の両端をこのような形に折ります。(できるだけ左右対称に)f:id:takeanote:20181120000621j:plain

 

 4.縦半分に折ります。f:id:takeanote:20181120000702j:plain

 

5.上の部分をはさみで切ります。

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6.下の部分に適当に切り込みを入れます。切り込みが多いほど複雑な模様の結晶になります。

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 7.開くと雪の結晶の出来上がり!これを色画用紙に貼ります。(下は緑色の折り紙)

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 簡単ですが,雪の結晶を色画用紙に貼るだけで,ぐんとクリスマス感が出るのでオススメです!

 

 

こうしてできあがったクリスマスカードを,海外のディズニーランドへ送りました。

 

一度,アメリカのディズニーランドへ送ったら返事は来ず。

 

次の年は,パリのディズニーランドへ送ってみました。

 

すると,しばらくしてちゃんと返事が来たのです!!

 

' Dear Mickey 'とか ' Dear Minnie 'と書いていた生徒へは,それぞれミッキーやミニーのブロマイド(?)に生徒の名前と短いメッセージとサインが手書きで。

 

特定のキャラクターに送らなかった生徒(普通にMerry Christmasから書き始めた生徒)にも,ミッキーやミニー,ドナルドなどのキャラクターの集合写真(こっちのほうがお得感ありだった)に手書きのメッセージが届きました。

 

私がディズニーランドへクリスマスカードを送ったのは,少人数指導をしていたときだったので,もしかしたら人数が少なかったから返事をくれたのかもしれません。

 

少人数指導ではないときは,生徒にディズニーランドの住所を教えて「興味がある人は送ってみてね。」とだけ伝えていました。

 

そして,本当に送った生徒には「返事が来た!」と言っていました。

 

世界中から手紙が来るはずだから,毎回返事が返ってくるとは限りませんが,参考にされてみてくださいね!

 

小学校の外国語の授業でも,時間があるときにクリスマスカードを作らせると楽しいと思います。

 

また,ALTに自分の国でのクリスマスの過ごし方を話してもらった後に,カード作りをしても。

 

カードを作っている間だけ,英語のクリスマスソングを流してクリスマスの雰囲気を楽しんだり。

 

できあがったカードを友だち同士で交換したり,家族にプレゼントしたり。

 

私も生徒たちも,カード作りはとても楽しんだ時間でした。

 

 

ディズニーランド パリの住所はこれだと思います↓ (興味がある方は,一応住所を調べてみてください。)

Disneyland Paris, 77777 Marne-la-Vallee

 

 

 

 

 

 

「鋼の心」なんて持てない  ~「うざい」は「ありがとう」??~

何の研修だったか忘れちゃいましたが,こんなお話をされた講師の先生がいらっしました。

 

「生徒が言う『うざい』は,『ありがとう』と言われていると思いなさい。」

 

 

・・・え?

 

そうなの?

 

生徒の皆さんは,「うざい」を「うざい」っていう意味じゃなくて「ありがとう」という意味で言っていたの?

 

・・・

 

・・・。

 

・・・って,そんなわけないだろーっっっ!!

 

なぁんて心の中で叫びながらお話を聞いていましたが,

 

要は,生徒が言った言葉にいちいち反応していても仕方がない,ということをお話しされていたのかなぁと思います。

 

「うざい」と言われてカッとなったり指導を諦めたりするのではなくて,そこは大人の心で生徒に接しなさい。

 

その言葉を本気にして,決して生徒を突き放してはいけません。と。

 

 

私が持っていた「学級担任の裏ワザ」みたいな本(タイトル忘れた)には,

 

「生徒に何を言われても動じない,鋼の心を持とう。」

 

と書いてありました。

 

なるほど、鋼の心かぁ。

 

そんな強い心を持てたらいいだろうなぁ。

 

でも、鋼の心なんてどんな人が持っているのでしょう?

 

生徒に「うぜー。」と言われて,少しでも傷つかない人っているのでしょうか。

 

もちろん,冗談を言う中での「うぜー(笑)。」は何とも思いませんが。

 

でもこちらは真剣に話をしているのに、それが「うざい」と言われると。

 

あぁ、私の話なんて聞きたくないよなぁと思ってしまいます。

 

それでも生徒に語らなければならない。

 

教師って、本当にメンタルがやられる職業です。

 

 

たしか、教師3年目のときでした。

 

学校に遊びにきていた卒業生2人と、たまたま廊下ですれ違いまして。

 

彼らが2年生の時に、そのクラスの授業は担当していませんでしたが、私も2年部に所属していました。

 

で、すれ違いざまに1人の卒業生が私に

 

「死ねっ!」

 

と言ったんです。

 

ケラケラ笑いながら遠ざかる彼ら。

 

 

授業も担当しておらず、接点もそんなになかったはずの私に、一体何の恨みがあるのか。

 

何が面白くて「死ね」などという言葉を放つのでしょう。

 

私の反応を見たかったのでしょうか。

 

ただただ,呆然としてしまいました。

 

そんなことがあるものだから,教師って…メンタルやられる。

 

 

ええそりゃあもう、何回も「うざい」「キモい」言われてきましたよ。

 

そう言われて心にトゲが刺さったように感じても、自分に「気にしない、気にしない。」と言い聞かせて。

 

そのトゲは家に帰ってからもまだとれなくて。

 

なんとなく嫌な気分が続きます。

 

鋼どころかアルミ箔のようなハートですかね,私。

 

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↑少しずつ銀杏の葉も黄色に。

 

 

まぁ,教師をしていればそんなことは日常茶飯事でしたが。

 

でもね。

 

3年担任をしていた卒業式の日に。

 

生徒指導で手を焼いた一人の男子生徒が、式が終わった後に私を追いかけてきて,いきなり頭を下げてこう言ったんです。

 

 

「先生、一年間お世話になりましたっ‼︎」

 

 

私、一瞬目が点になりました。

 

たしか前日の卒業式練習の時も、態度が悪くて指導したのに。

 

そのときに「うぜー。」と、私に言いませんでしたっけ??

 

キョトンとしてると、その男子生徒はくるっと踵を返して校長先生のところへ走っていきました。

 

校長の次は生徒指導の先生へ。

 

同じように「ありがとうございましたっ!」と頭を下げたみたいです。

 

卒業式本番で、彼にも何か感じるものがあったのでしょう。

 

もしかすると。

 

講師の先生がおっしゃってた通り、「うざい」は「ありがとう」になる…のかもしれませんね。

 

 

とは言え。

 

卒業式の一週間後に,彼は問題を起こしてまた生徒指導することになりましたが。

 

やれやれ,本当に教師ってメンタル大変。

 

 

 

 

 

 

 

今でも捨てずにとってある,一枚の学級通信

「私ね,担任の先生の学級通信を毎週読むのが,本当に楽しみなんです。

 

金曜に娘が学校から帰ってきたら,『早く学級通信出して!』って急かすんですよ。

 

 もちろん今年の学級通信は,4月からずっとファイルにとじてあります。」

 

 

新任で部活の顧問をしていた時,3年生の保護者の方がこう話してくださいました。

 

「担任の先生」とは私のことではなく,50代のベテランの女性の先生のことです。

 

保護者の方によると,「とにかく,学級の様子が手に取るように分かって面白い」のだそうです。

 

学級通信と言えば,今週の活動の様子や来週の時間割と当番表を書いて毎週末発行するもの,と新任の私は認識していました。

 

学級通信を毎回書くのは億劫だ,という話も聞いていましたが(私が副担をしていた担任の先生は,一回しか発行しなかったし)どうやらその先生の学級通信は違うようなのです。

 

学級通信というものを書いたことがなかった私も,それならちょっと読んでみたいなぁとは思ったものの,しばらくたつとそんなことはすっかり忘れていました。

 

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↑ 少しずつ紅葉が始まりましたね。


 

その話を聞いて2か月くらいたった頃でしょうか。

 

その先生の道徳の授業を,私ともう一人の新任の先生二人で見学させてもらえることになりました。

 

たしか,副読本の「奈良筆に生きる」という題材だったと思います。

 

その先生の授業は本当に見事で,よくある「指導例」とは全く違った先生独自の切り口で生徒に発問し,彼らも生き生きと自分たちの意見を述べるのです。

 

その様子を見ていて,一人一人の生徒がとても大切にされているクラスだなぁと感じました。

 

「奈良筆に生きる」という題材から,自分のことや学級のことを改めて考えさせるという内容の授業でした。

 

私たち新任二人は,思わず前のめりになってその授業を見ていたと思います。

 

(その後,私も学級を担任して何度も道徳の授業を行いましたが,あの先生の足元にも及びませんでした。)

 

そして,翌週の月曜日。

 

私たちの机の上に一枚のプリントが置いてありました。

 

それは,その先生の学級通信でした。

 

そう,部活の保護者の方が「毎週楽しみにしている」というあの学級通信です。

 

「あっ!」と思って急いで目を通しました。

 

 

その学級通信は,思っていたよりもとてもシンプルなものでした。

 

B4用紙の左半分を学級の様子(エッセイのような感じ),右半分は生徒の日記をコピーしたものや道徳の授業の感想,来週の時間割やお知らせが書かれていました。

 

そして,その左半分には私たちが道徳の授業を見学にきたこと,それからご自分の新任の頃の話がとても簡潔に,でもとても分かりやすく書いてあったのです。

 

それは,私たち二人への応援メッセージでもありました。

 

初めて教員になって,苦しい日々を送っていた私たち。

 

とても,とても嬉しかったです。

 

教員を退職するときに沢山の資料を処分しましたが,今でもその学級通信は捨てずにとってあります。

 

学級担任をしていたころは,毎週末に学級通信を発行していましたが,その先生のように学級の様子をうまく捉えて簡潔に書くということはできませんでした。

 

でも,「あ,これは学級通信のネタになるな。」といつもアンテナを張っていたのは,あの新任の頃に頂いた一枚の学級通信のおかげだと思います。

 

毎週木曜日になると,「わわ!また学級通信を書かなきゃ!」と焦っていたけど。

 

通り一遍のことだけではなく,ちゃんと学級のことや私の思いなんかを書くと,生徒も保護者も読んでくれていたのではないかなぁと思います。